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切支丹塚

ブルジョアジー諸君!メリークリスマス、斎藤です。クリスマスということで、愛知県名古屋市中区にある栄国寺(えいこくじ)を参拝してきました。別に「キリスト教信者じゃないからクリスマスとかに流されない俺かっけー」って理由でこの日に寺を訪ねたわけではなく、このお寺はお寺なのにキリスト教徒を祀っているお寺だから今日訪れたのです。

しかもここに眠っているキリスト教徒は1人や2人ではありません。200人です。

栄国寺、またの名を千本松原処刑場跡

千本松原処刑場

元々ここらは千本松原処刑場と呼ばれていて、罪人を殺す場として使われていました。で、江戸時代に入って江戸幕府がキリシタンを迫害するようになると、罪人に混じってキリシタンもここで処刑されるようになりました。その数なんと200人。200人のただのキリスト教徒がここで殺されたのです。そんなことってあるかよ!?

石碑たち

切支丹塚は、別名千人塚とも呼ばれています。処刑場に埋葬された人なんて、何人いるのか数えてられないので、きっとこういう名前がついたんでしょうね。実際に何人が埋まっているかはわかりませんし、そもそもちょうどこの場所が埋葬地なのかどうかも明確に示されてないのでわかりませんが。

供養塔

この供養塔は1649年に建てられたものだそうです。恐らく一度倒壊したのか、真ん中にヒビが入っています。今も若干傾いていて怖いです。石碑には「南無阿弥陀仏三界萬霊等」と書かれています。恐らくこの石碑はキリシタンのものではなくて、この刑場で殺された人々すべての慰霊碑なのでしょう。

顕彰碑

そして石碑の隣にある顕彰碑には、切支丹にまつわる物語が記されています。こちらは1997年に建てられたもの。キリシタンがどのようにして迫害されたのかが記されているので、簡単に説明します。

江戸幕府がキリシタン弾圧の政策を進めたせいで、名古屋のキリシタンもたくさん政府に囚われました。ただ、名古屋の、まぁ尾張藩なんだけど、当時の藩主が理解ある人で、捕まえたキリシタンの内、伝道師である200人だけを処刑し、残りを放免しようとしました。しかし、キリシタンを根絶やしにしたい幕府はこれを認めず、結局尾張にいた2,000人以上ものキリシタンが各地で処刑され、尾張のキリシタンは一人残らず殺されたそうです。

なのでここに眠っているのは200人ですが、実際にはこの名古屋の地で、2,000人ものキリシタンが殺されたことになるそうです。

昂那鈴木墓

そしてこちらにあるのが、昂那鈴木さんの墓。昂那はアンナと読むそうです。一見、ただ墓石が倒れただけに見えますが、一応西洋式の設置方法みたいです。で、この墓石が設置されたのは1878年だそうです。200年も時代が過ぎてしまいました。なのでキリシタン狩りの被害者ではなく、それ以降に亡くなった一般キリスト教徒のお墓みたいです。その時代には信仰の自由が認められていたものの、未だキリシタンを見る目が厳しかったため、ゆかりの地である栄国寺に置かせてもらったものみたいですね。ちなみに昂那鈴木さん、享年2歳だそうで…。世知辛い。

石仏

供養塔の裏には石仏が。これは恐らくここに埋葬された人々全てを慰霊する目的で作られたもの。

塚まわりにあるお地蔵様

供養塔の正面にはいくつかのいくつかのお地蔵様が。なんとも言えない雰囲気がありますね…。今は西日で陽が当たっていますが、普段は日当たり悪そうで、どうも暗い雰囲気が漂っていそうだ…。

切支丹遺蹟博物館は営業時間に要注意

切支丹遺蹟博物館入口

さて、千人塚を参拝した後は、栄国寺に併設されている切支丹遺蹟博物館にやってきました。ここにはマリア観音や、実際に使われた踏み絵の板、十字に切られた鈴など、隠れキリシタンの様々がグッズが保管されているそうです。

切支丹遺蹟博物館の看板

し、しかし…!この日は閉まっていて、インターホンを鳴らしても応答なし!人の気配もなかったので見学を諦めました。公式サイトがないのでなんとも言えませんが、ネット上では定休日月曜と書いてあって、今日は日曜だったのに…!もしかしたら日曜も休館日になったのかもしれませんね。もしくは年末だし忙しかったのか…。いずれにせよ、今一度この切支丹遺蹟博物館見学のために再訪しようと思います。

キリスト教に関係が深いお寺ですが、本尊は阿弥陀如来で、宗派は浄土宗の普通のお寺です。

清涼山 栄国寺の詳細情報

公式サイト:ありません
住所:〒460-0016 愛知県名古屋市中区橘1丁目21−38
電話番号:052-321-5307
場所:Googleマップで見る

営業時間:9時〜17時…らしい。
入場料:100円…らしい。

備考:平気で首切ってた時代が日本にもあったんだよなぁ…