記事内に広告を含むことがあります。

滋賀県の道の上から
滋賀県と飛び出し坊やの関係はこちらの記事を読んでね

飛び出し坊やと飛び出したくても飛び出せない、カカシ人間を尻目に滋賀県は東近江の路上からお届けしております。

名神高速道路から八日市蒲生線に向かって走っていくと、石塔寺(いしどうじ)という古刹があります。今回はこのお寺を見たよ、という素敵なレターです。ぜひ受け取ってください。

聖徳太子に阿育王、歴史を感じさせる東近江のお寺

石塔寺入り口

このお寺、正式名称を「阿育王山 石塔寺」と言います。このお寺、その成り立ちを紹介するとちょっと長くなっちゃうのですが、まぁ聞いてくださいよ。

石塔寺の料金所

とその前に、拝観料を払います。大人は400円とのこと。駐車場は無料です。やったね。

石塔寺の本殿前

さて石塔寺、このお寺の成り立ちはなんと1000年以上も前、西暦600年頃の飛鳥時代から始まります。その昔、皆さんご存知聖徳太子が、近江に48の寺を作りました。この石塔寺は、その最後の寺に当たります。

そしていきなりですが400年近い時が流れます…。

石塔寺本殿

やってきました平安時代。西暦にすると1003年。ところ変わってインドです。当時、日本から留学に来ていたあるお坊さんをがいました。ある時彼が風の噂を聞きます。

「紀元前にインドを治めていた阿育王(「アショカ王」または「アショーカ王」)が、仏教を広めるために84,000個の仏舎利を作って世界にばら撒いて、そのうち2個が日本にもあるらしいぜ。でも1個は山の中に埋まってて所在不明なんだって。」と。

これを聞いて「ふーん」と思ったお坊さんは、聞いた噂を手紙に記して、日本に送りました。

石塔に続く長い坂道
階段きつくね?

その後この手紙を入手したまた別のお坊さんが、時の帝一条天皇にこの話をすると、天皇は「探せ!その塔を探すのじゃー!」と言って、山の中に埋まった仏舎利を探させました。

長い階段
きついっす

するとどうでしょう、あの聖徳太子が開いたという、石塔寺の山頂に、それっぽい塚があるではないですか。この塚を発掘してみると、おお!出てきました、出てきました!これが、あの…!

阿育王塔
阿育王塔

阿育王の仏舎利だぁー!

というわけで聖徳太子が作ったお寺に阿育王の仏舎利があったぜ、という話なのでした。

でも実は石塔寺の仏舎利は朝鮮産

阿育王塔と周辺

ひえええすごい歴史的重要地域!!!って感じですが、実はこの塔、学説によると紀元前ではなく、飛鳥時代のものだそうです。また、Wikipediaによると朝鮮系の渡来人が作ったそうです。

もちろんそれでも歴史的価値はあり、パンフレットによると一応日本最古の塔であるとのことで、国の重要文化財登録を受けています。しかしとんでもないエピソードを聞いた後だとちょっと肩透かしですね笑

阿育王塔を取り囲む小さな石塔
阿育王塔を取り囲む小さな石塔

と、まぁそんな話もありつつ、視覚的にも楽しませてくれるのがこのお寺。石が、やばい。

地蔵みたいな石塔

四方八方石石石…。

石の塔がびっしり

小さいけれど、石の塔がびっしりと並んでいます。

たくさんの石の塔
ボクたち地蔵じゃないよ

うわーなんか石なのにめっちゃみんなこっち見てる気がする!

道
コッチダヨ…

時には左右に並んで参拝客を奥へ奥へと誘ってくれます。

無数の石寺

え、でもこれ以上進むと帰れなくなっちゃかも…。

石たち

無言で「進め…進め…」と心に訴えかけてくる石たち。

森の中の道をいく

半泣きになりながらも石たちの声に従って進んでいくと、ぐるっと回って元の場所に戻ってきた。なんだよ時間泥棒め!

俺のバイク

最後くらいは笑顔で終わりたいよな。駐車場にとめた俺のバイクの写真でも見て帰ってくれ!

この記事の撮影機材
カメラ1:RX100M6
カメラ2:GoPro HERO7 Black

寺はいいぞ

この石塔寺は正統派に素晴らしいお寺でしたが、世の中にはマジでイっちゃってるお寺もあります。

それがこちら、瀬戸内海の離島にある耕三寺というお寺です。極彩色の彩りに立派な建築物たち。この世の楽園のような巨大なお寺、そして地獄の洞窟めぐりに巨大仏、もはやアートなのかなんなのかよくわからん大理石の巨大迷路のような場所まで擁しており、頭の処理が追いつかなくこと必至。

このお寺は珍スポット好きなら本当に必見です!

石塔寺の詳細情報

公式サイト:なし
住所:〒529-1501 滋賀県東近江市石塔町860
電話番号:0748-55-0213
場所:Googleマップで見る

営業時間:9時-17時(5月から10月は18時まで)
入場料:大人400円、小人100円
駐車場:あり(無料)

備考:歴史から飛び出せ!